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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)709号 判決

控訴人

大谷照

被控訴人

栃木県農地委員会

被控訴人

淸原村農地委員会

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

請求の趣旨

原判決を取消す、被控訴人栃木県農地委員会は、別紙目録記載の土地につき昭和二十三年十二月二日なした訴願却下の裁決を取消さねばならない、被控訴人淸原村農地委員会は、右土地につき昭和二十二年九月五日なした買収計画を取消さねばならない、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

事実

當事者双方の事実上の供述は、控訴代理人において

(一)原判決の事実摘示中昭和二十二年十一月十七日控訴人が淸原村農地委員会に対し、再審議要請を願出たのに対し不受理の通知があつたと主張した意味は、法律上の手続を主張するのではなく、宥恕すべき事情を主張するのである。(二)被控訴人等が左記(一)において主張する事実はこれを認める。(三)訴願の期間を経過したことについては、次のような宥恕さるべき事由がある。既ち控訴人は従来自己の住所である栃木県芳賀郡淸原村板戸に居住し、本件買収計画に対し異議の申立をなした当時も同所に居住していた。その後所用のため宇都宮市西塙田町にある控訴人の妻の仮寓に居住することになつたのであるが、異議申立却下の通知が右妻の仮寓に届いたので控訴人はこれにより始めて異議申立が却下されたことを知つた。その日は昭和二十二年十月頃である。しかしその時は既に訴願の期間が経過しており、淸原村の或る者にこれに対する措置を質したところ再審議願を提出するよう敎えられたものの控訴人としてはこれに迷い日時を経過していたが、漸く同年十一月十七日前記のように再審議要請書を提出したものである。右却下の通知が宇都宮市ではなく控訴人の従来の居住地である淸原村になされたならば訴願の法定期間を徒過するようなことはなかつたのである、と述べ、被控訴人等代理人において(一)本件訴願の期間は次のように規定されている。即ち自作農創設特別措置法第七条第一項によつて買収計画の公告の日から異議の申立をなし、同条第二項によつて右異議申立期間の満了後二十日以内に右異議申立に対する決定をなすべきもので、更に、同条第三項により右二十日の期間満了後十日以内に訴願すべきである。而して本件買収計画の公告は、昭和二十二年九月六日になされたのであるからその後四十日以内である同年十月十六日までに訴願をしなければならない筈である。しかるに控訴人は、昭和二十三年九月三十日に経由庁である被控訴人淸原村農地委員会に控訴人本人若くは使者が訴願書を提出したものであるから期間経過後の不適法な訴願である、(二)控訴人が前記(三)において主張するような宥恕すべき事由のあることはこれを否認する、と述べた外は、いずれも原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。(立証省略)

理由

控訴人が別紙目録記載の土地を所有していたところ、被控訴人淸原村農地委員会が、昭和二十二年九月五日該土地について控訴人が不在地主であるとして買収計画をたて、その翌六日にその公告をしたこと、控訴人は、右買収計画に対し同月十一日付で異議申立をなし、右委員会は同月十九日これを却下する決定をしたので、控訴人は、更に昭和二十三年九月三十日に訴願についての経由庁である被控訴人淸原村農地委員会に訴願書を提出して被控訴人栃木県農地委員会に対し訴願を提起したところ同委員会は、同年十二月二日期間経過を理由として訴願却下の裁決をしたことはいずれも当事者の間に争のないところである。

よつて先ず本件買収計画取消請求に関する訴の適否について審按するに、前記のように、昭和二十二年九月五日に本件買収計画がたてられ、同月十一日付にてこれに対する異議申立をなし、同月十九日異議却下の決定があつたのであるから、控訴人は、遅くとも右異議申立をした当時には本件買収計画のあつたことを知つたものと認めなければならない。従つて右買収計画の取消を求める訴は、自作農創設特別措置法附則(昭和二十二年法律第二四一号)第七条第一項によつて該附則施行の日である昭和二十二年十二月二十六日から一箇月以内に提起しなければならない。然るに本訴が提起せられたのは昭和二十四年一月二十五日であることが本件記録上明瞭であるから、本件買収計画の取消を求める訴は、出訴期間を経過した不適法のものとして却下せねばならない。

次に、本件訴願却下の裁決の取消を求める請求の当否につき審按するに、自作農創設特別措置法第七条第一、二、三項によれば、被控訴人が前記事実摘示において主張するように、本件訴願は、結局右買収計画の公告後四十日目に当る昭和二十二年十月十六日までに提起しなければならないものであるに拘らず、控訴人が訴願の経由庁である被控訴人淸原村農地委員会に訴願書を提出したのは、昭和二十三年九月三十日であるから控訴人の提起した右訴願はその提起期間を経過したものであることは勿論である。控訴人はこの点について訴願提起までに決定期間を経過しているが、訴願法第八条第三項にいう宥恕すべき事情があるから訴願は適法のものと認められなければならないと主張するのである。而して、いわゆる宥恕すべき事由の存否については、他の訴願の要件と同樣に裁判所の審理判断すべき事項に属するものと解するのが正当である。何となれば、他の訴願の要件についての裁決庁の判断が裁判所の審理判断に服するに拘らず特に宥恕すべき事由の判断に限り他の要件と区別して裁決庁の自由裁量に属するとか又はその專権に属するものと解さねばならない程の法文上の根拠もないし又これを首肯せしむるに十分な実質的根拠も発見することができないからである。控訴人は、前記事実摘示(三)に記載したように、宇都宮市西塙田町にある妻の仮寓に居た間に昭和二十二年十月頃異議却下の通知を受けその事実を知つたのであるがその時は既に訴願の期間が経過していたので従来居住していた淸原村の者にその措置を質したところ、再審議を要請せよと敎えられたので、同年十一月二十七日その措置をしたのである旨主張するのであるが、このような事由はそれ自体宥恕に値しないのみでなく、殊に異議が却下せられたことを知つたのは昭和二十二年十月頃であるのに訴願の提起せられたのは昭和二十三年九月三十日であるから異議の却下を知つた時は既に訴願の期間を経過していたとしても、その後右訴願提起の時まで宥恕すべき事由が存続していたとか又は宥恕すべき事由のために右のように訴願の提起が遅延したものとは到底認めることはできない。又控訴人は、原判決の事実摘示に控訴人の主張として記載してあるように、本件土地については重複して二度の買収計画がたてられ、第一回は本件の昭和二十二年九月五日、第二回は昭和二十三年六月に買収計画の通知があつたので控訴人としてはこれに対する処置について迷いを生じた。なお控訴人が昭和二十二年九月十一日前記のように再審議要請をなし訴願の形式に従わなかつたのは、全く控訴人が法律知識のない一農民であるためであるから、被控訴人淸原村農地委員会としては、控訴人に対し注意を喚起するのが妥当であるのに、このことなくして半年以上も放置し昭和二十三年六月一日付を以て単に右再審議の要求を不受理とすると回答があつたのみである。被控訴人等は訴願の期間を徒過したというが、被控訴人栃木県農地委員会は、訴願を受理してから六十五日を要して裁決しているような次第であるから、右の主張は信義誠実の原則を無視したものである。以上の理由により本件訴願の期間を徒過したことについては、宥恕すべき事由があると主張しているが、本件土地について控訴人のいうように重複して二重の買収計画がたてられたことがあるかどうか及びその経緯については今ここにこれを問うを要しない。いずれにしても第二回目の買収計画については昭和二十三年六月に控訴人がその通知を受けたというのであるから、控訴人としては、右異議却下決定のあつたことを知つた前記昭和二十二年十月頃以降右昭和二十三年六月までには右異議却下決定に対し訴願を提起するかどうかについて十分考慮しうる期間があつた筈であるから、第二回目の買収計画の通知を受けたことによつては訴願提起が遅れたことの、弁解としては少しも役立つものではないし、又被控訴人栃木県農地委員会が訴願の裁決を遅延したというのは訴願提起後のことであるから、これを以て訴願提起についての宥恕事由として斟酌するのは妥当でない。のみならずこのように他人の処置の欠陷を指摘して自己の行為を正当化しようとする所論は到底採用に値しない。なお控訴人が所論再審議要請をなし訴願の形式に従わなかつたことに対し、被控訴人淸原村農地委員会としては、場合によつては、控訴人に注意を与えるのが実際の取扱としては妥当とするということができるであろうが、このことなしとするもこれを以て直ちに宥恕の事由ありとなすことはできない。何となれば、一般に、法律上の知識が不足し不服申立の方法を誤つたような場合においては、この点についての相当な注意と調査とを怠つたものとして、原則的には、自からの責任としてその不利益を甘受せねばならない筋合のものとしなければならないからである。以上の説明は宥恕すべき事由について、控訴人の主張を分析的に考察したのであるが、これを全体として総合考察してもまだ以て控訴人が訴願期間を徒過したことについて訴願法第八条第三項にいう宥恕すべき事由ありとなすに足りない。従つて、本件訴願を期間経過したものとし不適法として却下したの相当で、この却下の裁決の取消を求める控訴人の請求は理由がない。

よつて本訴請求中本件買収計画の取消を求める部分は、訴を不適法として却下し、又本件訴願裁決の取消を求める部分は理由ないものとしてこれを棄却すべきである。従つて原判決はその理由の説明においては、右と異なるところあるもこれと同一に帰するから本件控訴を棄却し、控訴費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十五条の各規定を適用し主文の通り判決する。

(玉井 薄根 山口)

(目録省略)

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